対称性のお勉強

 新たなテーマとして「対称性」をしばらく勉強することにした。対称性という概念は自然を整理するための指標として存在していると考えられるからだ。

 数学者 Emmy \; Noether が証明したネーターの定理がある。ある種の対称性があればその物理量に保存量が存在するというものである。また逆に、物理量に保存量が存在すればその物理量に対称性があるとも言える。例えば、電荷保存の法則(ゲージ対称性)、エネルギー保存の法則(時間並進対称性)、運動量保存の法則(空間並進対称性)等、色々な保存則があるが、その裏には対応する対称性が存在するということのようだ。

 一方で、場の量子論では色々な対称性の破れが登場する。ゲージ対称性の破れ、パリティ対称性の破れ、カイラル対称性の破れ、そして、CP対称性の破れ等である。なお、ゲージ対称性の破れについては、本当に破れているのではなくただ隠れて見えないだけというのが都合が良い。ゲージ理論が成り立つためには、ゲージ対称性が本当に破れてしまっては困るのだ。

 とは言え、これまでの場の量子論の勉強を通して幾らかは学んできたはずであるが、理解不足を感じている。まずは、坂本眞人先生の「場の量子論(Ⅰ)(Ⅱ)」を対称性の観点から読み直すことから始めたい。。。

つまらない独り言8

 2026-10ー14に投稿した「つまらない独り言7」に次のように書いた。

『さらに、凝縮 Higgs 場との絶えず繰り返す湯川相互作用のイメージで予想すれば、この作用は電子の縦波のように振る舞い時空で拡がりを持ったような現象である。時空で拡がりを持っていれば発散するはずがない。。。』

この点をもう少し補足したい。

電子の場図表現によれば、凝縮 Higgs 場との絶えず繰り返す湯川相互作用によって下図のようにT軸方向に振動している。

電子の3次元PT図

1電子レベルの電子波束という確率波も含めて考えると電子が運動する様子は次のような姿にみえる。

1電子レベルの電子波束のイメージ図

したがって、電子は静止していても下図のように Zigzag 振動をしている。そこでの直進運動は常に光速である。凝縮 Higgs 場との絶えず繰り返す湯川相互作用によって進行方向が繰り返して逆転する。

電子の運動の時空図

上図が示すように、質量はこの時空での Zigzag 運動によって得られるみかけの物理量で、ある特定の時空点 (t,\bf{x}) に対応して設定できる物理量ではない。ある程度の時空の拡がりに対応して質量というみかけの物理量が設定できるということだ。したがって、時空点で発散するという考え方自体が有り得ないのだ。。。
 さらに言えば、定在波は一般には空間に波動が閉じ込められて生じる概念であるのに対し、 A.Einstein の考え出した電子の質量エネルギーE = m c^2 の意味は、電子の場図表現のT軸方向の1軸振動から明らかなように波動が時間枠に綴じ込まれて生じる概念というふうに表現できる。その波動は常に光速で伝搬するところ凝縮 Higgs 場との絶えず繰り返す湯川相互作用により絶えず向きを変えて Zigzag 運動するエネルギーこそが電子の質量エネルギーということになる。
 こんな説明で伝わったかどうかは自信が無いが、私は割とスッキリしているのだが。。。

つまらない独り言7

 2026-10-11に投稿した「つまらない独り言6」の『くりこみ』を使いたくない理由の補足をしたい。

 『くりこみ』は、裸の質量や裸の電荷の結合定数等に対して量子補正を施すことで、物理量の発散を取り除く処方箋となっている。なお、物理的意味としては、半導体結晶中の電子の質量に対して半導体結晶構造が及ぼす影響を真空中の電子の質量に取り入れる有効質量の考え方に非常に似ている。しかし、電子に対して最初から質量有りきで見てしまうと、その裏の相互作用が見えにくくなって、考え方が狭くなってしまうような気がするのだ。言い換えれば、電子のみかけの物理量である質量とは絶えず繰り返す凝縮 Higgs 場との湯川相互作用であり、裸の質量が物理量という訳では無い。そんな物理量でない裸の質量が発散するかどうかは本来意味が無いことなのだ。もっと言えば、みかけの物理量である質量が式中に入っている Klein-Gordon 方程式や Dirac 方程式をベースにして考察する限りは、「 \psi_4^4 のtriviality」の問題は解決しないように思えてならない(本当かあー)。さらに、凝縮 Higgs 場との絶えず繰り返す湯川相互作用のイメージで予想すれば、この作用は電子の縦波のように振る舞い時空で拡がりを持ったような現象である。時空で拡がりを持っていれば発散するはずがない。。。

 とはいえ、『くりこみ』の勉強をまともにする前からこんな戯言を言うのもどうかしているかもしれない。そこで、まずは、ちょこっとだけ、『くりこみ』の勉強をしてみようかと思う。。。

つまらない独り言6

 これまで自仮説の量子場光学を場の量子論を考慮して量子光学を見直すという視点で量子場光学の構築を目指してきており、量子力学は場の量子論の近似という方針でまるで場の量子論が万全かのように進めてきた。しかし、実際は、数学的にみれば、量子力学と自由場の量子論は数学の支持があるが、荷電場(物質場)との相互作用がある場合の場の量子論は数学的には形式的摂動論までで非摂動的までは支持されていない。そこには、量子力学への特殊相対論の適用や自由度の有限から無限への拡張が数学的問題を引き起こしているようだ。その意味では、数学的に安定している量子力学の範囲で構築された量子光学の方が安定感があり、場の量子論を考慮することの基盤は不安定かもしれない。

 ただ、そもそも、古典論の電磁気学でも電子を点電荷として扱うという理解しにくいことを私は平気で受け入れている。また、少なくとも相対論的な量子電磁力学(相対論的QED)の世界ではとんでもない精度で実験事実と整合している。そこには、形式的摂動論とくりこみの適用がある。

 一方で、自仮説の量子場光学では質量はみかけの物理量で絶えず繰り返す凝縮 Higgs 場との湯川相互作用に置き換える方向を模索している。そうなると「くりこみ」を使いたくないのだ。もっとも、自仮説の量子場光学では数学的な理論構成までは求めるつもりはなくイメージとして捉えることができればスッキリというええ加減な構想である。

 実は、新井朝雄先生等が著者の「量子場の数理」という本が10年近く前から購入したまま積読状態になっており、私には泥沼が深すぎてすぐに飽きてしまう気がするものの、そろそろつまみ食いしたくなってきたのだ。その本には原隆先生の「構成的場の理論」という内容も書かれている。「 \psi^4_4 のtriviality」という未解決な問題もあるらしい。

 場の量子論は、自由場の範囲に留めるのが良いのかもしれない。しかし、相互作用の無い世界では面白くないので、場と場との相互作用はせめて漸近場の範囲かイメージで捉えるのが無難な気がする。そして、私の場合は漸近場も諦めて代わりに相互作用はイメージに留めるというものである。もっとも自分の頭が追い付かないのが一番の問題だが、自己満足でスッキリしたいのが目的なので深入りするのは止めておきたい。でも、ちょっとつまみ食いだけしてみようかとも思う。。。

つまらない独り言5

 今回は、2026-09-30の投稿「つまらない独り言3」と2026-10-04の投稿「つまらない独り言4」とに関連する話題であるが、 Lorenz 条件で非物理的状態として光子場の対象からはずれた縦波光子場について直感として考えているトンデモ話である。

 非物理的状態というのは負ノルムで確率解釈により量子としては失格であるが、電磁場の物理的性質としては意味がある部分が少なくとも含まれているのではないかという直感である。すなわち、『物理的状態』とか『非物理的状態』という名称がわかりにくく、できれば『量子的状態』と『非量子的状態』とした方が良いように思えてきたのだ。

 古典論の自由電磁場にはエバネッセント光や近接場光という光の状態がある。物質表面に対して垂直方向の空間おいて表面から離れるにつれて急速に減衰してしまう場なので物質の表面に敏感な点や回折限界を打破できる点を利用してそれぞれラマン分光(共鳴ラマン散乱やラマン散乱の表面増強効果)や光学顕微鏡(顕微蛍光や顕微赤外や顕微ラマン)等に応用されている。実はこれらの特殊な自由電磁場の性質は自仮説の量子場光学での縦波光子場と関係しているのではないかというトンデモな直感である。

 エバネッセント光や近接場光が生じている空間は自由場ではなく物質場との相互作用のある複合場ではという疑問もある。しかし、 Coulomb 場は荷電粒子の存在が、磁場は荷電粒子の運動が、自由光子場は荷電粒子の加速度運動が関与しているが、 Coulomb 場も磁場も自由光子場も自由電磁場として扱うことが通常である。同様に、エバネッセント光や近接場光が生じている空間を複合場から分離して自由電磁場として扱うことは可能なはずである。言わば、鶏が先か卵が先かのようなところがあるのだ。

 この点は、このブログの「存在は全ては光」から創造されたとして、それでは光はどのようにして出来たのかというような問題とも共通しているのは悩ましい。。。電子は \gamma 光子の正面衝突による電子対創成で生成したとして、その元となる \gamma 光子は果たして高エネルギーの電子の加速度運動が必要になるのではという問題である。。。困った。。。

つまらない独り言4

 初心に返って電磁気学の勉強をもっとすることに決めた。特にポテンシャル場についてもっと理解を深めたい。スカラーポテンシャル \phi とベクトルポテンシャル \bf{A} のことだ。この組合せによりゲージ場 A_\mu = (\phi, \bf{A}) と定義される。自然単位系を採用していて、 c=1, \; \hbar=1 であるが、あからさまに書いてみると、ゲージ場 A_\mu = (\phi/c, \bf{A}) となる。また、エネルギー運動量ベクトルは p_\mu = (E/c, \bf{p}) であるが、これは4元運動量ベクトルとも呼ばれ、 E/c = |\bf{p}| なので後者の方が素直な名称である。ポテンシャル場としては、 \phi/c は時間成分、 \bf{A} は空間成分となっている。すなわち、時空 x_\mu = (ct,\bf{x}) に対応した内容となっている。特殊相対論に対応した電磁気学や場の量子論では著者の考え方の違いにより多様な定義や名称があって、非常に悩ましいが、どれにも慣れておく必要がある。

 米谷民明先生の著作「初歩の相対論から入る電磁気学」の中に次のような興味深い記述を見つけた。

『直接観測できないものが、基本的な役割を果たすのは不自然と感じる読者もいるかもしれない。しかし、物理現象の背後にそうした一種の隠れた自由度があることを見抜くのも、自然法則を探求する上で重要なことだ。・・・(略)・・・複雑で多様な現象の背後にあるべき基本法則をできるだけ統一的、普遍的な仕方で理解するのに、隠れた世界の自由度が必要になる。あるいは、こう言ってもよい。 A_\mu は基本的な場であるが、ゲージ変換で変換しても物理法則が不変であるという高い対称性が満たされていなければならない。』

 直接観測できる電場や磁場よりも直接観測できず自由度という不定性を持つ4元ポテンシャル場(ゲージ場 A_\mu )が基本的な役割をしていることを述べている。さらに、ゲージ対称性が重要なことを示唆している。

 自由度という不定性を持つゲージ場 A_\mu を古典論の電磁場に対応させるためには、見たい物理現象に対応した各種のゲージ条件という制約でゲージ固定して、ゲージ場 A_\mu の一側面毎に確認する必要があるということのようだ。すなわち、ゲージ場 A_\mu の全体像を一遍に見ることはできないのだ。そうなると、軸性ゲージやファラデーゲージのような既知のゲージとは異なる未知のゲージ条件によって古典論の電磁場には表現されない未知の物理現象が隠れている可能性は有り得るのではないだろうか。ゲージ場 A_\mu の方が古典論の電磁場よりも広い概念なのだから。。。もっとも、未知のゲージ条件が見つかるか、存在するかという疑問はあるのだが。。。

つまらない独り言3

 新たなテーマがなかなか見つからないまま、今回も独り言。ちょっと気になっていることがある。

 光子場という概念は古典場である自由電磁場を量子化することで得られたもので、本来は逆に量子場から古典場を見直すことも必要である。その意味で、自仮説の量子場光学ではスカラー場としてのスカラー光子場とベクトル場としてのベクトル光子場というように場の分類を見直した。なお、ノルムでみると、ベクトル光子場は正ノルムでスカラー光子場はゼロノルムで、 Lorenz 条件によれば物理的状態を意味した。一方で、縦波光子場は Lorenz 条件により非物理的状態として光子場の対象からはずれた。しかし、光子場の対象からはずれただけで縦波光子場も物理的意味があるのではないだろうか。古典場である自由電磁場を量子化して得られた以上、自由電磁場の持つ物理的意味のうち、ベクトルポテンシャルの時間変動する動的な部分の光とスカラーポテンシャルとでは表現できていない部分が非物理的状態としてはずされた縦波光子場に隠れているのではないかと気になったのだ。

 そこで、古典論での光に対応するベクトルポテンシャルの動的部分とスカラーポテンシャル(静電ポテンシャル)とに対応する量子化された光子場での正世界と負世界とその境界とを陽世界と呼び、ベクトルポテンシャルの静的部分とに対応する量子化された光子場を陰世界と呼ぶように名称を変更することにしたい。すなわち、陽世界は量子のノルムがゼロ及び正で、陰世界は量子のノルムが負である。

 今回はかなりのトンデモな提案だが、この動機として古典論の自由電磁場と量子化された光子場との対応が不完全に思えたからだ。負ノルムの陰世界の量子は multipole \; ghost と呼ばれて確率解釈ができない量子である。これが不完全な部分を補ってくれるような気がして、何か参考になるものが無いかネットで探してみたい。。。今回はかなりの戯言になっているようだ。。。