今回はコンピュータシステムの歴史について私の過去の怪しげな記憶をたどって書いてみた素人の戯言である。
かつて大型コンピュータやオフィスコンピュータやミニコンピュータという分類があった頃は、コンピュータは個人が持つことができるようなものではなかった。パンチカード入力がキーボード入力、磁気コアメモリが半導体メモリ、パンチカード情報記憶がハードディスク情報記憶、出力がタイプライタからブラウン管モニタさらには液晶モニタというように色々な技術革新があった。そして、CPU(中央演算処理装置)からMPU(マイクロプロセッサ)の登場はマイコン、そしてパーソナルコンピュータ(パソコン)の登場に繫がった。今はマイコンと言えば機器制御用のコンピュータチップという意味合いが通常であるが、かつては文字通り「私のコンピュータ」という意味であった。ボードコンピュータというものも登場して、1枚の基板に部品を半田付けして個人が自作できるキットも市販された。そこでは機械語やアセンブリ言語が動作した。その後になって8ビットパソコンが登場する。以降はビット数の拡大でMPUの処理ビットが16ビット、32ビット、64ビットと大きくなっていった。安価なDRAM、高価だが高速なSRAMという半導体メモリが主記憶を構成するのに対し、周辺記憶としては大容量化が容易な磁気記憶装置が使われ、FDDからハードディスクへと発展していった。そして今は、ハードディスクと並んでフラッシュメモリという半導体メモリが登場し半導体ディスクと呼ばれた。そして、スーパーコンピュータと違って速度よりも価格が優先されるパソコンにおいては、主記憶も周辺記憶もフラッシュメモリで構成される場合も多くなった。ここまでは、個人が所有できるパソコンの話であくまで情報の集中処理を行うものである。OSや言語というソフトウェアの世界の発展も重要であるが長くなるので今回はハードに注目したい。
一方で、複数のパソコンを通信回線で接続することで複数人で情報の交換や共有ができるパソコン通信というものが登場した。そしてこれは米国が軍事目的で構築したネットワークをベースにした世界標準のインターネットが取って代わった。今や国境を越えてたぶん世界中のコンピュータと情報の交換や共有が可能となった。また、セルンでWWW(World wide web)というシステムが発明され、世界中のサーバとして機能するコンピュータが複雑に接続され、個人の端末パソコンをプロバイダのサーバを介して接続するという形態に発展していった。情報処理も端末パソコンで行うものに加えて情報を端末コンピュータからサーバに送ってサーバサイドで行うという負荷分散の考え方も広まっていった。さらには個人が保有するパソコンから個人が持ち運びするノートパソコンや電子手帳といったモバイルコンピュータが登場し、さらに携帯電話との一体化によりスマートホン(スマホ)として今やパソコンよりも普及している。さらには端末パソコンが保持していた情報の一部がサーバ側のクラウド記憶に蓄積されるようにすることで、モバイルコンピュータやスマホは一層の小型化が容易になった。これらは情報の分散処理を行うための仕組みである。
ここでちょっと気になる点がある。インターネットは複雑なネットワークを構築することで一部が壊れても情報通信がなかなか壊れにくいという安定性・安全性に特長があったはずだ。しかし、あくまで電気機器であって自然災害による停電に対しては全くの無力という問題がある。電気が不可欠な情報通信は自然災害の多い日本においては思った以上に不安があるように感じる。例えば郵便で手紙を届けるというアナログ的な情報通信手段と衛星通信も含めた無線と有線とのデジタル的な情報通信手段との併用がどうしても必要な気がするのは私だけだろうか。。。便利さとリスクとのはざまで人類の新たな知恵に期待したいという戯言で今回は終わりたい。。。